東京地方裁判所 平成6年(ワ)23661号 判決 1997年7月28日
原告
所眞砂巳
原告
川名修
右両名訴訟代理人弁護士
小山香
被告
日本アイティーアイ株式会社
右代表者代表取締役
遠藤智彦
被告
遠藤智彦
右両名訴訟代理人弁護士
大谷直
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一請求
一 主位的請求
1 被告らは原告所眞砂巳(以下「原告所」という。)に対し、連帯して金三四四万五四五五円及びこれに対する平成七年一月一六日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは原告川名修(以下「原告川名」という。)に対し、連帯して金三七八万一三六二内及びこれに対する平成七年一月一六日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 予備的請求
被告らは原告ら各自に対し、連帯して金三〇〇万円及びこれに対する平成六年七月一五日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二主張
(主位的請求)
一 請求原因
1 被告日本アイティーアイ株式会社(以下「被告会社」という。)は、平成五年九月一三日に設立された銀行、ホテル等の両替商に対する紙幣の偽造鑑別機の販売及び保守を業とする会社である。
2 被告会社は、その設立時に、従来被告会社と同じ商号で同じ内容の業務を行っていた会社(以下「旧会社」という。)が従前の商号である株式会社アリスサービスに変更されるに伴い、旧会社から営業譲渡を受けた。
3 原告所は平成四年六月二一日に、原告川名は同年四月一日にそれぞれ旧会社に雇用されたが、平成五年九月一三日の営業譲渡に伴い、その雇用契約上の地位は被告会社に承継された。
4 旧会社及び被告会社の勤務時間はともに午前九時から午後五時三〇分までである。
5 原告らは、旧会社に雇用されてから平成六年四月までの間、別紙(略、以下同じ)記載のとおり所定の勤務時間外及び休日に勤務したが、超過勤務及び休日勤務については二割五分増し、深夜勤務については五割増しでそれぞれ割増賃金を算定すると、原告所は合計三四四万五四五五円、原告川名は合計三七八万一三六二円となる。
6 被告会社は、設立されて以来株主総会、取締役会を開催したことはなく、被告会社とその代表者である被告遠藤智彦(以下「被告遠藤」という。)は別の法人格を主張できない。
7 よって、原告らは被告らに対し、右各割増賃金及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である平成七年一月一六日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項は認める。
2 同2及び3項は不知。
3 同4項中、被告会社の勤務時間は認めるが、その余は不知。
4 同5及び6項は否認する。
三 抗弁
被告会社の就業規則には、営業職及び課長以上の管理職の従業員は、時間外・休日勤務手当の支給対象外とする旨規定されており、原告らは、営業職で、かつ、課長の立場にあったもので、役職手当及び業務手当が支給されていたのであるから、時間外等の割増賃金は支給されない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
旧会社及び被告会社を通じて、原告らに支給される給与の項目は、支給総額に変化がなければ、会社の都合で勝手に手当を新設したり変更したりしていたもので、原告らの承諾はもとより事前、事後の告知もなかった。
(予備的請求)
一 請求原因
1 被告遠藤は、平成六年三月一日、村瀬敏彦(以下「村瀬」という。)に代わって被告会社の代表者に就任したが、従前原告らに支給されていた歩合給を突然やめると言いだし、原告らが少なくとも同年一月二一日以降の過去の労働分については支払うよう再三請求したのに対し、これを拒絶し続け、同年四月一三日には歩合給の廃止をのまなければ解雇する旨通知した。
2 原告らは、同年六月六日、歩合給制度の廃止や取扱い商品の変更等による労働条件の切下げに対抗するため、日本アイティーアイ労働組合(以下「組合」という。)を結成し、被告会社に対して団体交渉を要求した。
3 被告遠藤は、同月一三日になって組合との団体交渉に応じたものの、「全員を解雇する。必要な人間を再雇用する。」と言って、原告らの歩合給の残額の支払の要求を拒絶し、翌一四日の団体交渉を拒否した上、同月一五日、突然、会社を清算し、社員を解雇する旨通告した。こうして、被告会社は同年七月一五日をもって営業をやめるに至った。
4 被告会社の営業の中止は、組合を潰す目的で行われたものであり、不法行為を構成するが、これにより原告らは精神的苦痛を被った。
5 よって、原告らは被告らに対し、右不法行為による慰謝料として、それぞれ三〇〇万円及びこれらに対する平成六年七月一五日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項中、被告遠藤が平成六年三月一日に村瀬に代わって被告会社の代表者に就任したことは認めるが、その余の事実は否認する。
2 同2項は認める。
3 同3項中、被告会社が平成六年七月一五日をもって営業をやめたことは認めるが、その余の事実は否認する。
4 同4項は否認する。
被告会社は経営の悪化によりやむなく閉鎖されたものであり、決して組合を潰す目的で閉鎖したものではない。原告らは、自分たちの理不尽な要求が通らないとみるや、突然無断で一か月間もの長期にわたって有給休暇をとった。このことが、それでなくても悪化していた被告会社の経営を更に悪化させ、閉鎖に追い込まれたのである。
理由
一 主位的請求について
1 請求原因1項(被告会社の業務内容)の事実は当事者間に争いがなく、同2項から4項まで(営業譲渡、原告らの雇用、勤務時間)の事実は、(証拠・人証略)の結果により認めることができる(被告会社の勤務時間が午前九時から午後五時三〇分までであることは、当事者間に争いがない。)。
2 そこで、抗弁(割増賃金の不支給)について判断するに、(証拠略)並びに原告ら各本人及び被告会社代表者兼被告遠藤本人の各尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
(1) 被告会社の就業規則の一部である給与規定(平成五年一一月一日制定)には、営業職及び課長以上の管理職の従業員は、時間外・休日勤務手当の支給対象外とする旨の規定がある。
(2) 原告らは、旧会社及び被告会社において、ともに「金融営業部(技術課)主任」の肩書を有し、営業職であり、営業部の従業員を統括する立場にあった。旧会社及び被告会社を通じて原告らには時間外・休日勤務手当は支給されなかったが、原告ら以外の従業員に対しても同手当の支給はなかった。
(3) 原告らが旧会社に雇用された際、代表者の村瀬との間で、手取り給与として原告所は月額三一万円、原告川名は月額三三万円と合意されたが、表向きにはともに二四万円余りとし、これから税金や社会保険料等を控除した残額を銀行振込にして、不足分は裏給与として一〇万円を超える金額が直接現金で支給された。被告会社になってからはこの取扱いは改められたが、平成五年九月分から一二月分までは、原告所については、基本給一五万五二五〇円に役職手当三万円、営業手当一六万八〇〇〇円等の手当を付加して、原告川名については、基本給一八万〇八七五円に役職手当三万円、営業手当一六万円等の手当を付加して支給された。また、平成六年一月分から七月分までは、原告所については、基本給二〇万円に役職手当三万円、業務手当一四万三二五〇円等の手当を付加して、原告川名については、基本給一九万円に役職手当三万円、業務手当一七万〇八七五円等の手当を付加して支給された。
以上の事実が認められる。
ところで、労働基準法(以下「労基法」という。)四一条二号に定める「監督若しくは管理の地位にある者」とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者と解すべきところ、原告らは営業部の従業員を統括する立場にあったとはいえ、同号所定の管理監督者に該当するとは到底認められないから、営業職及び課長以上の管理職は時間外・休日勤務手当の支給対象外とする旨の被告会社の前記給与規定の定めは、労基法三七条に反して無効であり、これを根拠に時間外・休日勤務手当の支給を拒むことはできないといわざるを得ない。
もっとも、原告らに対して、旧会社においては、それぞれ裏給与として月額一〇万円を超える金額が支給され、被告会社においては、役職手当、営業手当又は業務手当として相当の金額が支給されていることは前記認定のとおりであるところ、これらが営業職であり、管理職である原告らに時間外・休日勤務手当を支給しないことの代償措置の一面を有することが認められ、労基法三七条は、毎月支給する給与の中に割増賃金に代えて一定額の手当を含めて支払うことまでを禁止する趣旨ではないと解せられることからすれば、原告らが行った超過勤務、休日勤務等について、各月の基本給を基に労基法及び被告会社の就業規則に従って計算した割増料金の額が、右役職手当等の額を超える場合はその超過する金額を請求することはできるけれども、超えない場合は改めて割増賃金の請求をすることはできないものというべきである。
なお、原告らは、旧会社及び被告会社を通じて、原告らに支給される給与の項目は、支給総額に変化がなければ、会社の都合で勝手に手当を新設したり変更したりしていたもので、原告らは承諾していない旨主張するが、相当の期間継続して同種の手当が支給されており、これに対して原告らから異議を唱えたような形跡が窺われないことからすれば、原告らは少なくとも事後的にはこれらの項目で給与が支給されることを承諾していたものというべく、かかる事情は右の判断を左右しない。
3 次いで、請求原因5項(超過勤務等)の主張について検討するに、(証拠・人証略)の結果によれば、原告らは、常に他の従業員よりも遅くまで残業しており、退社するのは一番最後であったとして、他の従業員で最も遅くに退社した時刻を基に残業時間を推計した結果が別紙のとおりであるという。しかし、原告らが常に他の従業員よりも遅くまで残業していたという前提事実について、これを裏付ける的確な証拠はなく、原告ら各本人の供述は俄に信用しがたい。そうすると、原告らが所定の勤務時間外や休日にある程度勤務していたことは認められるにしても、その正確な日や時間を特定するに由なく、結局、先に判示した役職手当等の額を超える割増賃金の根拠となる時間外及び休日勤務の存在を認めるに足る証拠がない。
4 よって、原告らの主位的請求は、その余の主張について判断するまでもなく、理由がない。
二 予備的請求について
請求原因1項のうち、被告遠藤が平成六年三月一日に村瀬に代わって被告会社の代表者に就任したこと、同2項(組合の結成)の事実、同3項のうち、被告会社が同年七月一五日をもって営業をやめたことは、当事者間に争いがない。そして、(証拠略)並びに原告ら各本人及び被告会社代表者兼被告遠藤本人の各尋問の結果によれば、被告会社の代表者が被告遠藤に交代して以降、被告遠藤は、債務超過に陥っている被告会社の経営を健全化するため、従前原告らに支給されていた歩合給の制度をやめると言いだし、これに反対し、少なくとも過去の労働分については支払うよう要求する原告らと確執が生じたこと、原告らは同年四月から五月にかけて約一か月間の有給休暇を取得したこと、その後、被告会社は原告らが販売を担当する取扱い商品の変更を命じたこと、被告会社は原告らに対し、過去の歩合給の一部を支払ったものの、残額の支払いを拒否し、組合からの団体交渉の申し入れも、これを拒否したり、交渉には応じても歩合給の支払を拒絶する態度を変えなかったこと、こうした中で、被告遠藤は原告らに対し、同年六月一五日ころ、突然、会社を清算し、社員を解雇する旨通告したこと、以上の事実が認められる。
右に認定した事実によれば、原告らや組合から歩合給の支払を再三要求されたことが一つの有力な原因になったということは否定できないとしても、このことから直ちに、被告会社の営業の中止が組合を潰すために行われたと断定することは困難であり、被告会社は当時債務超過に陥っていたものであり、本来、営業を継続するか断念するかの決定は、その時々の経営者の高度に専門的な判断に委ねられていることからすれば、被告会社の営業の中止をもって不法行為を構成するとまでいうことはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
そうすると、原告らの予備的請求もまた理由がない。
三 結論
以上のとおり、原告らの本件請求はいずれも理由がないから棄却して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日 平成九年五月二六日)
(裁判官 萩尾保繁)